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Our Story

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「鳥を愛でる伝統に敬意を表して」

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 日本には古くから、小鳥の美しいさえずりや、愛くるしい姿を、自然の景観の一部として捉えて楽しむ、優雅な風習がありました。

 平安時代に、貴族の間で始まった日本の飼い鳥の歴史は、江戸時代には庶民も楽しめる趣味として、流行と言えるほどの状況になりました。平和な時代背景の中で、我が愛鳥を健康に育てるために、身分の垣根を超えて人々の交流が生まれたことが、その要因だと考えられます。

 江戸後期の人気戯作者であった滝沢馬琴は、多忙を極める執筆業の心労から、癒しを求め一羽の鳥を飼い始めました。飼い鳥は種々様々100羽にも及び、馬琴は愛鳥家としても有名になりました。中でもカナリアを深く愛し、日々の出来事を綴った『馬琴日記』からは、彼らの繁殖に執心し、苦楽を共にした様子が伺えます。

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 『齋藤屋』の歴史は、江戸時代から続く米農家であった齋藤家が大正時代に米穀店を創業したことから始まります。その後、愛鳥家でもあった2代目齋藤森義の代に、飼い鳥の飼料専門業に転身し、現在に至ります。

 森義は飼い鳥たちの「食」を真摯に考えました。自ら餌を選び、ついばむことの出来ない彼らに何が必要なのか? 穀物に対する豊富な知識に裏打ちされた独自の配合と、限界まで不純物を取り除く高度な精穀技術は、多くの愛鳥家からの信頼を得ました。

 現当主『齋藤屋』3代目の義則は考えています。先代より受け継いだ技術をさらに磨き、培ってきた信頼に応えることを。現代の飼い鳥たちの嗜好に合った餌をつくることを。古より存在した、小鳥を愛でる人々の気持ちに、思いを馳せることを。

 それこそが日本に息づく、ものづくりの精神であると。